株式会社キノックス

きのこの豆知識・その2

きのこの保存名

きのこは世界的に広く分布することから、日本固有種と思われていたものが実は他の国で既に学名報告がされていたりすることがあります。わが国では馴染みのきのこである「しいたけ」やマツタケさらには「なめこ」など、これまでは日本固有種と思われていましたが、同種のきのこが海外でも発生していたことが報告されています。
 同一のきのこが別の学名で報告されることは良くあることですが、「しいたけ」は学名がいろいろと変遷した経緯のある代表的なきのこです。
 1878年にバークレーによって「Agaricus edodes Berk」として発表されて以降、一時期ドイツのシュレッターにより「しいたけ」ではなくてマツタケの学名との指摘を受けて「Collybia shiitake J.Schret.」と改名されました。しかし、1925年に伊藤誠哉が基準標本をマツタケではなく「しいたけ」であることを確認して最近まで「Lentinus edodes (Berk.)Singer」の学名として長く用いられてきました。しかし、Lentinus属(ケガワタケ属)とは形態や生態がかなり異なることから、イギリスのペグラーはLentinula属に移し、Lentinula edodes(Berk.)Pegler という現在の学名になった経緯があります。「しいたけ」は日本以外にフィリピン、ボルネオ、ニュージーランドなど世界中に広く分布することが判明していますが、他の地域から報告された「しいたけ」の学名よりも最も古いバークレーのedodesの種名が採用されているのです。
 マツタケは前述したように1925年までは「しいたけ」の学名であるAgaricus edodes が採用されていたのですが、今井らによりAmillaria matsutake S.Ito & S.Imai の学名が付けられました。しかし、1905年にマツタケの学名として発表されたAmillaria nauseosa A.Blytt(オウシュウマツタケ)が遺伝子解析の結果、同一であることが判明したのです。本来であれば先に発表された学名が採用されるはずなのですが、無益な混乱を避ける目的で2000年にAmillaria matsutake S.Ito & S.Imaiを保存名として採用することが提案された結果、matsutakeの学名が正式に採用されることになりました。最終的には1943年にシンガーによってTricholoma(キシメジ)属に移されたことから、正式には現在のTricholoma matsutake (S.Ito & S.Imai)Singerの学名で呼ばれるようになっています。
 ナメコも同様で、もともと「なめこ」と言う名前は「えのきたけ」やヌメリスギタケなど「ぬめり」のあるきのこに付けられた名前で、特定の「種」を指すものではなかったようです。学術的な種名としては、1914年に発行された日本菌類図譜によれば「えのきたけ」の別名として記載されています。「なめこ」の新種記載は、当時東北大学の教授であった伊藤篤太郎によって1929年にCollybia nameko T.Itoと命名されました。しかし、伊藤が記載した基準標本には問題点があり、学名が二転三転することとなったのです。1933年に今井三子はC.namekoを「なめこ」とみなし、「なめこ」の属名であるPholiota(スギタケ属)と組み合わせたPholiota nameko (T.Ito)S.Ito & S.Imaiと命名しました。また、1954年に川村清一はC.namekoを基準標本の観察結果から今井とは異なり「えのきたけ」とみなして新学名をPholiota glutinosa Kawam.と報告したのです。しかし、川村が提案した学名は既に別の種に付けられていたこと等があって無効となったことから、1959年にはセンボンイチメガサ属としてKuehneromyces nameko(T.Ito)S.Ito var squamopes Kawam.の学名が提案されたこともありました。基準標本をめぐって学名が混沌としていることから、標本を確認する必要があるのですが、東北大学に保管されていたはずのCollybia namekoの基準標本は現在所在不明となってしまっているのです。国際植物命名規約により、「なめこ」の学名は1933年に今井により命名されたPholiota nameko (T.Ito)S.Ito & S.Imai が採用されるに至ったと言うかなり複雑な経緯があります。以上のような経緯で国内における学名が転々とした「なめこ」ですが、実はイギリスのキュー植物園に所蔵されている基準標本の中にヒマラヤで採取され、バークレーが1850年にAgaricus microsporus Berk.(=Pholiota microspora(Berk.)Sacc.)として新種記載した「なめこ」に良く似た種のあることが判っており、調査の結果、肉眼的や顕微鏡的特長が「なめこ」と合致したと言うのです。となると、日本の伊藤篤太郎の報告が1929年ですので、命名規約からすると1850年のバークレーの学名が優先され、「なめこ」の学名は訂正されなければなりません。しかし、マツタケでも述べた通り、本来であれば、国際命名規約により先に命名した名前が、学名として採用されるのですが、あまりにも馴染みの一般的なきのこに関しては、逆に誤解を招き兼ねないことから、例外として元のその国の馴染みの名前が「保存名」として採用されることがあります。「なめこ」はまだ正式に保存名として決定した訳ではありませんが、マツタケ同様に日本人には馴染みのきのこですので、「nameko」と命名された日本の名前が学名として残ることを期待したいものです。



「なめこ」の学名の変遷について

学名の図

1929年: Collybia nameko T.Ito
1933年: Pholiota nameko(T.Ito)S.Ito & S.Imai
1954年: Pholiota glutinosa Kawam.
1959年: Kuehneromyces nameko(T.Ito)S.Ito var squamopes Kawam.
矢印
現在の学名
 「Pholiota nameko(T.Ito)S.Ito & S.Imai」

1850年: Agaricus microsporus Berk.(=Pholiota microspora(Berk.)Sacc.)
  ※「なめこ」と同一種であることが判明。
矢印
国際植物命名規約からして1850年の学名が優先
よって、「なめこ」の学名は、
矢印 Pholiota microspora (Berk.)Sacc. となるはずだが…?
矢印
日本で馴染みのきのこであることから、「保存名」が適用か…?
現在の「なめこ:Pholiota nameko (T.Ito)S.Ito & S.Imai
の学名は、国際的に認められた正式な「保存名」とはまだなっていない。