株式会社キノックス

きのこの豆知識・その1

きのこの匂い

日常の生活の中にはいろいろな匂い(香り)があり、常に匂いに取り囲まれて生活していると言えます。経験的に嗅いだことのある匂いや香りから、食べ物や季節、あるいは雰囲気や場所などを連想させてくれます。時には危険を察知したり、懐かしい情景を蘇らせてくれたりもします。このように日常生活と密接な関係にある「匂い」なのですが、きのこの世界においても同様で、「種」の識別に役立つような特有の「きのこ臭」が存在するのです。一般的に「きのこ臭」とは、マツタケオール(1-オクテン-3-オール)自体か、他の香気成分とが混合して相乗的に醸し出す「香り」であると言われています。具体的には、木材様の樹脂臭と菌糸特有の匂いが入り混じった「混合臭」として感じられ、多くの日本人が好む匂いであり、生シイタケ臭がその代表です。匂いで有名なマツタケやトリュフなどは格別として、大抵のきのこは強弱の差はあるものの、いわゆる「きのこ臭」を持っています。しかし、中にはアンズタケのアプリコット(アンズ果実臭)やアオイヌシメジの桜餅の香り、ブナハリタケはキンモクセイ様の香りと言った、芳香を発するきのこやニオイワチチタケのカレー臭、ニオイコベニタケのカブトムシ臭、スッポンタケの腐敗臭のように意外な匂いを発するきのこもあります。これまでの報告によれば、延べ100種類ほどのきのこから様々な香りに関する化合物が検出されており、きのこの匂い(香り)成分の多様性に驚かされます。きのこの匂いは進化の過程で、リグニンなどの木質成分を分解する能力と共に樹木中に含まれる脂肪酸や芳香族アミノ酸などを分解しながら、匂いの元となる芳香物質の生産メカニズムを獲得したことで発するようになったと言われています。きのこの鑑定に役立つ固有の「匂い」について、山渓フィールドブックスのきのこ図鑑をベースに、匂いの記載のあるきのこを一欄表にまとめてみました(表1)。


(表1)きのこの匂いの表現

 

きのこ名

匂いの表現(成分)

食毒

マツタケ

爽やかな樹脂香(マツタケ臭)

成分:桂皮酸メチル

生シイタケ

きのこ臭(材木様の菌臭)

成分:1-オクテン-3-オール
(マツタケオール)

乾シイタケ

硫黄様のニンニク臭

成分:レンチオニン

黒トリュフ

ガス臭いノリの佃煮臭
(ジメチルスルフィド)

白トリュフ

生臭いニンニク臭
(ビスメチルチオメタン)

ニオイコベニタケ

カブトムシ臭

不明

コウタケ

爽やかなきのこ臭

ツクリタケ(マッシュルーム)

きのこ臭

成分:1-オクテン-3-オール(マツタケオール)

ハラタケ

きのこ臭

カオリツムタケ

石鹸臭~若いトウモロコシ臭

マツオウジ

樹脂(マツヤニ)様の匂い

食注意

10

マイタケ

タール様きのこ臭(ベンゾチアゾール)

11

ミネシメジ

石鹸臭

12

ニオイワチチタケ

カレー粉の香り

不明

13

ニオイオオタマシメジ

ブドウ果汁の香り

成分:メチルアンスラニレート

不明

14

ブナハリタケ

キンモクセイ様の甘い香り

成分:酢酸ブチルエステル

15

マツバハリタケ

ヒノキ臭

16

エリンギ

アンズ果実様の香り

成分:ベンズアルデヒド

17

タモギタケ

小麦粉臭

18

ブナシメジ

生臭い穀粉臭

19

シロタモギタケ

爽やかな穀粉臭

20

エノキタケ

甘い粉臭

21

アンズタケ

アンズ果実様の香り

成分:ベンズアルデヒド

22

ムラサキシメジ

腐植臭~土臭

生食毒

23

ニオイキシメジ

強烈なカーバイド(アセチレン)ガス臭

24

アオイヌシメジ

桜餅の香り

25

コカブイヌシメジ

桜餅の香り

26

ツブエノシメジ

チーズの香り

27

ホシアンズタケ

果実様の芳香

28

コタマゴテングタケ

ジャガイモ臭

29

コガネタケ

アンモニア臭

不適

30

ニセクサハツ

古い食用油の匂い

不明

31

クサハツモドキ

ビターアーモンド(苦へん桃)様の香り

不明

32

ムラサキカスリタケ

カブトムシ臭

33

ケショウハツ

カブトムシ臭

34

ウコンハツ

ヌカ漬け臭

不適

35

ヤブレベニタケ

爽やかなきのこ臭

36

チチタケ

魚臭

37

ニオイカワキタケ

サンショウ~アニス種子様の香り

不明

38

シロアミタケ

アニス種子様の香り

食不適

39

シロカイメンタケ

漢方薬様の臭気

食不適

40

チョウジチチタケ

チョウジ(クローブ)の香り

不明

41

カラスタケ

ヒジキの香り

42

コカブイヌシメジ

桜餅の香り

43

ミミナミハタケ

ウイキョウ~アニス種子様の香り

不明

44

フキサクラシメジ

干した魚の匂い

45

ハダイロガサ

甘い香り

46

ユキワリ

粉臭

47

ヒトクチタケ

海藻と樹脂の混合した強い臭気

食不適

48

ホテイシメジ

甘い香り

食注意

49

シロノハイイロシメジ

スカンクのような不快な匂い

50

シロカヤシメジ

腐植臭

不明

51

ハタシメジ

ミカンの花のような強い芳香

52

ウスムラサキシメジ

アンモニア様の薬品臭

53

ニオウシメジ

弱い粉臭

54

シモフリシメジ

弱い粉臭

55

バカマツタケ

強いマツタケ臭

56

クリイロムクエタケ

キュウリ様の匂い

不明

57

ムレオオイチョウタケ

特有の粉っぽい異臭

不明

58

オオザラミノシメジ

カビ臭い

59

ツブエノシメジ

粉臭

60

ヒノキオチバタケ

微粉臭

食不適

61

モミタケ

弱い粉臭

62

ツチヒラタケ

粉臭

不明

63

サクラタケ

大根臭

64

キウロコテングタケ

甘い不快臭

不明

65

カブラテングタケ

強い臭気(悪臭)

不明

66

チャヌメリカラカサタケ

キュウリ様の匂い

67

クサミノシカタケ

ニワトコの花様の匂い

68

コバヤシアセタケ

土臭

不明

69

ヒメワカフサタケ

焦げた砂糖様の匂い

不明

70

オオウスムラサキフウセンタケ

カーバイド(アセチレン)様の刺激臭

不明

71

ヒカゲウラベニタケ

粉臭

72

クサウラベニタケ

粉臭

73

コクサウラベニタケ

刺激臭

74

ウラベニホテイシメジ

粉臭

75

ハルシメジ

粉臭

生食毒

76

サケバタケ

強いニッキ(シナモン)様の匂い

食不適

77

ヒダハタケ

粉臭

78

ドクヤマドリ

ブドウ果汁様の匂い

79

ニセアシベニイグチ

チーズ様の匂い

食注意

80

コウジタケ

甘い香り

81

オオコゲチャイグチ

甘い独特の香り

82

アカカバイロタケ

干し魚のような不快臭

不明

83

オキナクサハツ

生臭い不快臭

84

クサハツ

古い油のような不快臭

85

クサハツモドキ

ビターアーモンド(苦扁桃)臭

不明

86

ケショウハツ

カブトムシ臭

87

ウコンハツ

ぬか漬けに似た不快臭

食不適

88

チョウジチチタケ

チョウジに似た香り

不明

89

ヒロハチャチチタケ

血液様の匂い

不明

90

ザボンタケ

爽やかなきのこ臭

不明

91

エゾシロアミタケ

強いアニス様の芳香

食不適

92

オニフスベ

アンモニア臭

93

ショウロ

爽やかなきのこ臭~悪臭

94

スッポンタケ

生ごみ様の腐敗臭

95

ヒメスッポンタケ

悪臭

不明

96

カゴタケ

甘い果実臭

不明

97

サンコタケ

生ごみ様の腐敗臭(極度の悪臭)

食不適

98

シマイヌノエフデ

果物様の香気

不明

99

カニノツメ

悪臭(人糞臭)

不明

100

ヨツデタケ

強い悪臭

不明

101

ツマミタケ

悪臭

不明

102

キアミズキンタケ

腐った果物臭

不明

103

キツネノエフデ

悪臭

食不適

104

キツネノロウソク

悪臭

不明

105

キツネノタイマツ

悪臭

不明

106

キイロスッポンタケ

悪臭

107

キヌガサタケ

強い悪臭

108

ウスキキヌガサタケ

悪臭

不明

109

アンドンタケ

悪臭

不明

110

イカタケ

腐肉臭

食不適

111

コイヌノエフデ

木片の焦げる匂い

食不適

112

ニオイアシナガタケ

ヨードホルム様の匂い

食不適

113

ニオイアミタケ

青リンゴ(柑橘系)様の香り

成分:メトキシフェニル酢酸メチル

食不適

114

ニオイハリタケ

アンズ果実様の香り

食不適

115

ニオイイチメガサ

異臭

不明

116

ニオイカレバタケ

ニンニク様の匂い

成分:ジアリルジスルフィド

食不適

117

ニオイヒメホウライタケ

ニンニク様の匂い

食不適

118

クラマノジャガイモタケ

薬品臭

不明

 

 きのこの匂いは風味を左右する大切な要素であるばかりでなく、種によって固有の匂いを有していることから、同定のための大切な要素にもなっています。マツタケとトリュフの価値は、香りにあると言われています。マツタケの匂いは日本人にとっては、爽やかな樹脂香(マツタケ臭)と表現されて好ましい香りとしてとらえられていますが、欧米人にとっては「履き古した靴下の臭い」と表現され、学名にも「Tricholoma nauseosum」とあるように不快臭(種小名のnauseosum は「不快臭のする」の意味)にしか感じられないのです。逆に、欧米人がマイルドで高貴な芳香と表現するトリュフの匂いは、日本人にとっては「ガス臭いノリの佃煮臭」などと表現されて歓迎される匂いとはなっていません。国民性(人種)による匂いに対する感受性の典型的な相違の一例だと言えます。

 それでは、きのこはなぜこのような香気物質を生成するようになったのでしょうか? 一般的に言われていることは特徴的な匂いを発することで、特定の運搬者である虫や動物を誘引して胞子を運んでもらうと言う戦略的情報伝達物質の役割を担っていると言うことです。マツタケオール(1-オクテン-3-オール)には、キノコムシやキノコバエなどを誘引して産卵活動を活性化させる作用のあることが証明されています。また、別の考え方として、きのこの香り成分は抗菌活性を示すことが知られていることから、きのこ自身の生体防御に関係しているのではないかとの推察もあります。植物と同じように、森の中で身動きせずにひっそりと暮らすきのこにとっては、匂いは色や形に並ぶ自己アピールとなります。匂いによって、動物による食害からの防御や忌避、更には病害菌からの感染防止といった抗菌効果によって、外敵から身を守っているとも考えられるのです。

さらには、木質成分に構造が類似した香気物質を生成することで、宿主植物からの抵抗を緩和させて生きた植物への寄生を容易にしているとの考え方もあります。動植物における香気物質の生態学的な意義は、同種あるいは異種間の情報伝達物質として重要な役割を果たしていることが判明しています。きのこの世界においても宿主と類似した匂いを発することで、共生を有利に導いている可能性もあります。このようにきのこの香りの成分と働きについては、まだまだ未知の部分が多く、奥行きが深いことを痛感させられます。

「きのこ臭」とは異なりますが、似たような表現に「菌臭」という言葉があります。「菌臭」については、精神科医の中井久夫氏によると、「死-分解」の匂いであり、一種独特の気持ちを落ち着かせる「鎮静効果」を持った匂いだと解析しています。 “菌臭特有のひんやりとした、懐かしい、少し胸の広がるような感情を喚起するのは、我々の心の隅に、死と分解と言うものを優しく受け容れる準備のようなものがあるからのように思う、” と哲学的に解析しています。過去の体験に基づく郷愁を誘わせてくれる癒し効果を持った「菌臭」は、菌類の代表であるきのこにも当然含まれる特有の匂いです。このようにきのこの香気成分は、きのこ自身の生存目的のアピールのためだけではなく、郷愁をはじめ、脳を刺激して働きを活性化させてくれる「アロマテラピー」としての効用など、我々人間社会における精神面での健康維持にも大きく貢献しているのかもしれません。