株式会社キノックス

きのこ驚きの秘密・その3

昆虫への感染メカニズム

昆虫に寄生して殺してしまうきのことして有名なのは、冬虫夏草(とうちゅうかそう)です。名前の由来は、「冬は虫となりよく働き、夏に至れば草となる」ことから中国で名付けられた名前です。すりこぎ棒状の形をしたきのこ(子のう菌類)で、典型的な傘のあるきのことは形状が異なりますが、日本では食用と言うより漢方薬として知られています。
 一般的な冬虫夏草菌類は様々な昆虫の幼虫や成虫に感染してきのこ(子座)を発生させますが、きのこの種類によって寄生する昆虫の種類が特定されるのが特徴です。アリから発生するアリタケ、蝉の幼虫に発生するセミタケ、トンボ類の成虫に発生するヤンマタケなど身近な昆虫類に発生します。
 冬虫夏草は昆虫にとっては病気の一種なのですが、ヤンマタケに感染したヤンマは、羽根を広げて細い枝に止まったまま死んでいたり、アリタケに感染したアリが、今にも歩き出しそうな姿で死んでいたりする様子からしても、菌類の虫体内での繁殖と昆虫の死、更にはきのこの発生と言ったこれら3者の時間的関係が謎に包まれた本当に不思議なきのこです。しかし、近年、昆虫駆除のための生物農薬(微生物害虫防除剤)としてのボーベリア菌などの研究により、その感染メカニズムが少しずつ解明されるようになってきました。感染からきのこの発生までを経皮感染の場合を例に、時系列的に整理してみました。
感染の経緯

①胞子または菌糸が昆虫の表皮に付着
②クチクラ(表皮を構成する丈夫な膜=角皮)に付着した胞子(分生子)が発芽して菌糸を形成
③菌糸が増殖して付着部にクッションを形成
④クッションの下に感染のための細いペグ(釘)を形成
⑤ペグでクチクラを突き破って体内に侵入
⑥体内で酵母状のハイファルボディ(分節菌体)を形成
⑦ハイファルボディが血流などに乗って体内に行き亘り、酵母状の分裂(出芽)を繰り返しながら急速に増殖
※この段階(酵母状菌体感染状態)では寄主は衰弱するが、死ぬことはない。
⑧ハイファルボディが体全体に蔓延することで、寄主が死亡
⑨寄主の死亡後、ハイファルボディから菌糸に変化
⑩急速に増殖した菌糸で体内が占領され、遺体から菌糸が出現し、体外できのこ(子座)を形成
※昆虫の堅い体表はキチン質でできているため、栄養源としては利用されないことから、虫の外観は元気で活動していた時の姿がそのまま残るのです。

 サナギタケを使用した子実体形成実験によれば、蛹に菌を注射してから約40日できのこの形成が確認されたことから、胞子が感染してから約40日後に死亡するものと思われますが、死亡に至るまでの経過時間は昆虫の種類や温度によって異なるとのことです。冬虫夏草が虫に感染して体内で増殖する際には、菌糸が繁殖し易い環境を維持するために、宿主の免疫系の働きを抑制することも解明されています。この免疫抑制のメカニズムが、医学的見地から注目されています。発生部位については冬虫夏草の種ごとにほぼ決まっており、寄生昆虫の体節間が最も幅の広い部位を突き破って発生するのではないかと言われています。
 これらの研究結果からして、これまで考えられていたように冬虫夏草の胞子の付着により、瞬間的に寄生を受けた昆虫が死亡することはないようです。胞子に感染して病気になってしまった昆虫は、衰弱しながら40日間近く生存を続ける訳ですので、虫にとってはもがき苦しみながらつらい日々を送らなければならないことを考えると、可哀想にも思えてきます。冬虫夏草は、虫達にとって致死率100%の極めて恐ろしい「病原菌」だと言えます。きのこは発生しませんが、ガン細胞やウィルスに侵されて突然に亡くなってしまう我々人間の「死」とも似ているような気がします。これでようやく冬虫夏草に感染した多くの昆虫類の異様な死に様の原因が理解できたような気がしますが、特定の昆虫にしか感染しないと言う「寄主特異性」の理由など、まだまだ寄生きのこには謎が多く残されていると言えます。



ボーベリア菌の感染により病死したハラアカコブカミキリ
写真引用文献 :出光興産株式会社の微生物害虫防除剤「バイオリサ・マダラ」のホームページより 。写真は出光興産株式会社の微生物害虫防除剤「バイオリサ・マダラ」により人為的に感染させたものです。